イチローが結んだ生涯契約 そこに至る経緯と背景を整理する

シアトル・マリナーズに所属するイチローが、今季の選手登録を外れ、GM付特別補佐へと就任した

今季の出場はもうないが、これは引退ではなく、チームに帯同しながら練習は続ける。そして来季復帰の門戸は開かれている……らしい。

正直???となった人も多いだろう。私もだ。
好意的にとるのであれば球団は、イチローに対して最大限の敬意を払い、ユニークかつ夢のある生涯契約を提示したと取れる。

しかし、現実的に見るのであれば、実質的な引退、セミリタイアともとれるような話であり、復帰の門戸は来季日本で行われる開幕戦、もしくはそのプレシーズンマッチでの花道を想定してのものであろう。

「来るべき時が来た」と言ってしまえば、それまでであるが、イチローはどんな形であれプレーを続けてくれると根拠もなく私はそう思っていた。
NPB時代を含めて数多くの夢を魅せてくれたプレイヤーに対して最大限の賛辞を送りたいし、そうあるべきだと思う。

が、それ以上に喪失感が先に立ってしまう。

そこで今回の経緯、背景について一つずつ整理してみたいと思う。
ただただこの喪失感を埋める……納得するために整理する、言わば自己満足であるから興味のない人はブラウザバックで戻ることをおすすめする。

開幕当初から厳しい立ち位置にいたイチロー

イチロー獲得までの経緯


photo credit: photojeffic via photopin (license)

 

今季のMLB市場が低調だったことは、それ程MLBに興味のない人で聞いた覚えがあるだろう。
その結果、青木や上原といったキャリア終盤に差し掛かった日本人メジャーリーガー達が、古巣NPBへの復帰を決めたなんて事も起きた。

当然彼等より年長のイチローにしても同じ事であり、今年のメジャー契約は厳しいだろうというのが世間一般の印象であった。
そんな折、イチローがMLBキャリアをスタートさせた球団でもある「シアトル・マリナーズ」との契約が締結されたわけだが、そこには当然それなりの理由がある。

単純にマリナーズが球団のレジェンドでもあるイチローとの契約を常に模索し続けてきたという背景。

そして、3月のスプリングトレーニング中に正左翼手である「ベン・ギャメル」が故障したことで事態が動いた。

簡単に言えば「ベン・ギャメル」の穴埋めに「イチロー」に白羽の矢が立ったのだ。

ギャメルの復帰

穴埋めにつれてきたわけだから「ギャメル」が復帰すれば、代わりとして入ったイチローが弾き出されることは自然な流れである。

正確にはもう一人「ギレルモ・エレディア」と「イチロー」で左翼を担っていたから、その2人のどちらかが弾かれるのは既定路線であった。

一先ず中継ぎの枠を一つ減らしてみたり「エレディア」がマイナーに降格することで難を逃れたのだが、イチローよりも高い数字を残し、尚且若いエレディアを落とすのはおかしいとする報道を目にした方も多いのではないだろうか?

その上、今後も数名の復帰が有り、その度に同じ様な問題が起きるのだから時間稼ぎにしかならないと指摘する報道も数多くあった。

ここには、マリナーズの厳しい球団事情がある。

マリナーズの事情

近年のNPBでは球団生え抜きの活躍によって育成こそ正義!な空気感が渦巻いているが、それは何もNPBに限った話ではなく、MLBにもそういった要素は増えてきている。

そこに至る流れとしてはNPBとまた違ったものではあるのだが、日本のファンからは

「イチローの年齢だけで全てを決めつけているのではないか!どうせ数年後を見据えるべきだとか言ってるんだろ?」

という反論が多く見られた。

NPBでは「若手を使え」という声が多いのに、他所のリーグに向けてはそんな声が増えるのもまたおかしな話だ。まぁ人間皆そんなものであろう。

しかし、この認識には重要な視点が抜けている。

確かに数年後を見据える球団は、NPB以上に極端な形で存在する。
が、今年がラストチャンスであるマリナーズに、そんな事を今の時点で言っている余裕は無い。

<マリナーズが今季ラストチャンスである理由>

主力選手の多くが高齢で、かつFAが迫る選手もいる。
傾いたチームを立て直すため、新たなGMがここ二年で行った補強やトレードにより今やファームは壊滅状態。
元々薄かったプロスペクトを放出している為、これ以上の補強も難しい。

これは、別に失策というわけではない。
ただ、ヤンキースのような圧倒的な資金力でも無い限り押し時と引き時がハッキリと存在してしまうMLBの中で、この数年を押し時としたというだけである。

そしてここが分水嶺であり、7月辺りにチームがどうにもならない位置にいたとすれば先の批判も当てはまる状態になるのかもしれない。
それはつまりチームの解体であり、数年後に向けたスタートだ。
だからこそ、現時点で今季を諦めるという選択肢は取り得ないのが現在のマリナーズである。

そしてこういった背景があるからこそ、結果を出している選手を下げて、イチローを残すのか?といった批判が相次ぐことになった。
GMは外野手5人体制というプランも……なんて言っていたが、それは先発が薄いことをリリーフ8人配置することで補うと言う当初のプランから大きく外れていたし、多くのメディアが言うように延命でしか無かったのだろう。

つまり、イチローが満足なパフォーマンスを示すことが出来なかった時点で、避けようのない結果であったことは事実である。

なぜ引退・退団とまで話が飛躍したのか

厳しいMLBの25人枠と40人枠

 

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さて、イチローがあのままメジャーでプレーすることが厳しいという事実は納得できる。

だが、それが直接、退団やクビと言った大仰な話になってしまうのがイマイチ理解出来ないと思う人もいるだろう。

例えばNPBであれば、1軍から弾かれて2軍と行ったり来たりになる事は珍しくない。
しかし、それがそのままシーズン途中での退団やクビと言った大仰な話に発展することはあまり無い。

ここには、MLBの厳しい枠の問題がある。

MLBには、メジャーの試合に出場できる25人枠(アクティブロースター)と支配下における40人枠というものが存在する。
試合に出場できる25人枠は40人枠に含まれ、残りの15枠の選手と合わせてMLB球団は支配下におき、メジャー契約を結ぶ。

日本で言えば25人枠が1軍でそれ以外40人枠が2軍、一先ずはそんな認識でも良い。
実際には似て非なるものであるから、気になる方は自分で調べてみて欲しい。

なんと言っても、ここからがややこしい。

同じ支配下であるはずの25人枠と40人枠での入れ替えに大きな制限がかかるのだ。

マイナーオプションとDFA

日本の1軍と2軍であれば、昇降格の日数制限(降格後10日経たなければ再昇格は不可)こそあれ、基本的には自由に昇降格が可能だ。

しかし、MLBではそうではない。

今回はあくまでイチローの去就に関しての話であるから細かな部分(DL、制限リスト等)は割愛する。
簡単に言えば25人枠から40人枠を自由に行き来できるのは、マイナーオプションと呼ばれるオプションを持つ選手だけである。

マイナーオプションとは

初めて40人枠に登録された際に3シーズン分与えられ、40人枠に入りながらマイナーに置かれた際に発動する。
オプション発動中の選手に対しては、球団はシーズン中自由に昇降格が可能で、シーズンの20日以上をマイナーで過ごした場合、1シーズン分のオプションが消費される。
また、メジャー在籍5年以上となった選手はマイナーオプションを失う。

つまり、イチローはマイナーオプションを消失している。
その為、日本で言うところの2軍降格という選択はイチローには無い。
ちなみに「エレディア」に関してはマイナーオプションが残っているため自由に昇降格可能である。

マイナーオプションを持たない選手を25人枠から外すには?

であれば、イチローを入れ替えるにはどうするか?

その答えは25人枠からだけでなく、40人枠からも外すという措置をとる必要がある。
(直接自由契約という選択もあるにはあるが、考えづらい)

Designated For Assignment」Twitterなどで「DFA」と呼ばれる措置である。

「DFA」の措置をとった場合、球団は7日以内にトレードかウェイバー公示を行う必要がある。

トレードは説明不要だろうが、ウェイバーについて少し説明しておこう。

 

ウェイバー公示

ウェイバー公示とは球団が支配権を放棄することを他球団に公示するものである。

公示期間は47営業時間であり、その期間内に他球団が獲得の意思を示した場合、契約内容を引き継ぐ形で譲渡、又はトレードが行われる。
また、公示自体は原則非公開で行われ、選手へ知らせる必要も無い。

ウェイバー公示を行い、獲得球団が現れなかった場合、球団はその選手とマイナー契約を結ぶことが可能になる。
この時点で選手がマイナー契約を拒否すれば自由契約となる。

つまり、もしイチローを入れ替えたいのであれば、このトレードもしくはウェイバー公示、はたまた直接の解雇が必要なのである。

それはつまり、支配権の放棄であり、日本的に訳せば「戦力外」だとか「クビ」となる。

そうは言っても、元々厳しい枠内での昇降格にかかる制約を、スムーズにクリアしながら戦い抜く事は難しい。
そのため「DFA」は頻繁に使われ、その多くはそのまま同球団とマイナー契約を結ぶことになる。

こういった背景を理解せずに、日本の「戦力外」と同様に受け取ると大きな隔たりを生んでしまう。

実際5/4時点で既に40以上のDFAが行われているから、日本と同じ目線で受け取れば「なんてエグいリーグだ……」とそんな話になるだろう。

マリナーズはDFAを嫌がった?

少々話が飛びすぎて理解が追いつかなくなってしまっていたら申し訳ない。
文句は複雑過ぎるMLBに言って欲しい。

良く米国では~なんて語る人間がいるのだが、正直これだけ複雑なシステムを称賛し取り入れようとするなど正気の沙汰ではない。
MLBのシステムにケチを付けるわけではなく、下地が全くできていない所にこんな複雑怪奇なものを持ち込んで運用できると思うのはどうかしているとしか言えないだろう。

と、また話がそれてしまった……

それ程珍しくもない措置であれば、「DFA」からのマイナー降格による入れ替えで様子を見ながら……なんて道もあったのでは?と思わないこともない。

だが、それはマリナーズ……いや、MLB全体で避けたかったのかもしれない。

あのイチローにマイナー契約のようなオファーを出すことは敬意を欠く行為になるのではないか?と、そんな話らしい。

殿堂入りが確実視されているレジェンドであるから当然といえば当然であるのかもしれないが、日本向けの報道を額面通りに受け取ることには少々抵抗が無いわけでもない。
だが、コレに関しては本当にそういう感じはあったのだろう。

実際、イチローが昨年所属していたマーリンズにしても当時のGMが、イチローに控え外野手のオファーをしてもいいものかどうか相当悩んだと語っていた。

そういった背景もあって、イチローに対してDFAやマイナー契約といった手段を取ることを躊躇う空気があったことは事実だろう。
そしてそのために、今回のようなフロント入り+トレーニングの継続という落とし所を用意したのだろう。

ここまでをザッとまとめると

  • マリナーズは正左翼手の怪我によりイチローに白羽の矢を立てた
  • 復帰による枠の問題は最初からわかっていた
  • イチローに対してDFAやマイナー契約は避けたい
  • だが、今年ラストチャンスであるから枠を圧迫し続ける程の余裕は無い
  • その落とし所として、フロント入り+来季以降の可能性を提示

こんな感じだろうか?

2018シーズンはマリナーズから贈られたギフト

 

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マリナーズはこの状況でなぜ「最低でも50歳現役」を掲げていたイチローにオファーしたのだろうか?

十分なパフォーマンスをイチローが発揮できれば問題なかったのかもしれないが「できる可能性」と「できない可能性」を秤にかける事ができる程の勝算は無かったはずだ。

そうであれば、誰がどう考えても後々無理が出てくることはわかっていたのだ。

今回の異例な契約を耳にする前の私の感想は「良く一時シノギの穴埋めにレジェンドを使ったな」とそんなものだった。

この辺がモヤモヤっとしてしまうポイントかもしれない。

マリナーズGMは、だからこそ先々のプランは色々と用意していたと語っていた。
その中には例えば外野手5人制であったり、イチローが第4の外野手として満足のいくパフォーマンスを発揮するかもしれないなんてプランもあったのかもしれない。
だが、結局の所は今回のようなフロント入りが前提の話であったのだろう。

簡単に言えば、とにかくなんでもいいからそのキャリアをマリナーズで完結してもらいたかったのだ。

その為に球団はなんでもしようと、それは正しくイチローに対しての敬意であり、愛である。

しかし、当然そこには企業利益も含まれているし、批判を恐れずぶっちゃければ価値あるスターの囲い込みでもある。
来年のマリナーズの開幕は日本(東京ドーム)で開催されることが決定しているし、それらの話題性についても間違いなく計算に入っているだろう。

私は「最低50まで現役を」と語ったイチローを支持していたし、どんな形でもプレーを続けてくれる姿を期待していた。
正直これ以上ロースターへと残る事は厳しくなっていた今回も、最終的にはDFAからのマイナー契約となるであろうが、そこからまた新たなステージを見せてくれるものだと勝手に思っていた。

勿論、綺麗に終わって欲しいと考える人もいるだろうし、今回の契約をとても素晴らしいものだと称賛する声だってわかっている。

だが、どうしてもこれまでのイチローの姿と今回の話が重ならなかった。

イチローは今季これまでの時間を、ギフトを贈られているような物だったと語っている。
与えられるはずの無かった時間を与えられたと……きっとそこを私は読み違えていたのだ。

私はイチローを周囲の環境に左右されない孤高の選手だと思っていた。
だが、当然そこには色々な思いや葛藤があったのだろう。
だからマリナーズでユニフォームを脱ぐという行為にそれほど強く思い入れを持っているとは思わなかったし、全てに優先してプレーにこだわる選手だと思っていたのだ。

私は最初、球団はイチローのイチローとしての価値を利用する為に躍起になっているものだと感じていた。
だが、契約会見で語ったイチローの言葉や今回の経緯を振り返れば、ビジネス以上に大きな双方の思いをまとめた形であるのかもしれない。
結局は、それほどイチローに愛されたマリナーズやMLBに対しての嫉妬でもあるのだろう。

イチローの真意がどこにあるのか実際の所はわからないが、少なくとも嘘偽りない球団への感謝と未来への希望をもって契約を結んだように感じた。
であればきっと、例えそこにビジネス的な狙いが幾分含まれていようともイチローは新たなステージに進んだと考えて良いのだろう。
そう考えることができれば、素直にこれまでの感謝とこの先のエールを贈ることができる。

長々と個人の勝手な思いを書いたわけだが、イチローの道はイチロー本人にしか決められない。
当然だが、本来外野があーだこーだと言う権利などどこにもない。
それでもイチロー程に卓越したプレイヤーは様々なファンの思いを以て語られるべき存在で、権利は無くともどうしても書くことで整理がしたかった。

こんな駄文を最後まで読んでくれた人がいたのであれば感謝する。

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