「変更に値する確証を得られる映像がなかった」
6月6日に行われた交流戦:ソフトバンク-中日(ヤフオクドーム)で起こった中日:大島の本塁アウトを巡って示された審判団の見解です。
内容については後述するとして、例によってSNSや各記事のコメント、メディアの論調など燃えに燃えています。
「第三者機関によって検証は行われるべきだ」とか「MLBの様なしっかりとした設備の導入を」他にも「審判は視力検査行ってどうぞ」なんてものまでありました。
いくつか賛成できる意見もありましたが、個人的にはそうして早急に完璧なものを求めすぎた結果が、今の状況を生み出してしまった最大の原因だと感じています。
今回は6月6日の大島・幻のランニングホームラン事件を例に、映像が足りない現状でNPBの無謀なチャレンジについてまとめています。
※尚、今回の記事については多分に筆者の推測が入っております。また、件のケースのアウト・セーフを論じる物でもありません。
- 【前】リクエスト制度の概要【2019年版】
- 【中】リクエスト事件簿1【よそ見】
- 【後】リクエスト事件簿2【併殺崩し】
- 【番外編】リクエスト制度のハードルを上げすぎてしまった件(当記事)
幻のランニングホームラン【概要】
まずは、その概要について
- 日時6月6日(木)
- 対戦カード:中日ーソフトバンク(交流戦)
- 球場:ヤフオクドーム
- イニング:8回表(二死)
実際の映像とテキスト概要
中日・大島洋平がランニングホームラン? リプレイ検証の結果判定は…??#dragons #sbhawks pic.twitter.com/S1YcVWBgsp
— スポーティングニュース・ジャパン (@sportingnewsjp) June 6, 2019
- 4-4の8回表、二死ランナー無しの場面
- 中日・大島が右翼へ大飛球を放つ
- フェンスに直撃した打球が大きく跳ね返りボールは転々と……
- 大島は本塁まで一気に突入
- 二塁手・明石がボールを拾い本塁へ送球
- クロスプレーとなり、アウトの判定
- すかさず与田監督リクエスト
- 場内に流された映像を見たファンの反応はセーフを確信するような物も多かった
- 約5分の検証の結果、判定どおりアウト
- 場内は異様な雰囲気に包まれ、中日ベンチは納得のいかない様子に
- 中日・加藤球団代表は何かしらのアクションを起こすことを示唆
- 試合後、責任審判は「変更に値する確証を得られる映像がなかった」と語った
個人的な見解
私個人の見解としましては、ほぼほぼセーフにも見えますし、仮にセーフ判定に変わっていたとしても、それはそれで納得のできる映像だとは思います。
ですが、自信をもってセーフだと言えるのか?と問われれば否でしょう。
手のひらが多少浮き、最後にペタンとつく動作も映っているため、ベースに触れた確かなタイミングが映像では判断できないのです。恐らく手を下ろす以前にベースに到達しているとは思うのですが……土煙もあって肝心な瞬間がわかりません。
また、空タッチではないのか?という意見も多かったのですが、こぼれかけたボールを右手でグラブに押し付け、その後右手で掴んでいるように見えます。
良く「両手で捕る」なんて表現がありますが、辛うじてその状態であるようにも見えますし、その状態でミットが触れていればタッチは成立するはずです。となると、いつ完全にボールを掴むのが右手だけになったのか……その瞬間がポイントなのでしょうが判断しきれませんでした。
ですから、個人的には「セーフくさいけど良く分からない」というのが結論です。
今回のポイント
今回のポイントは「納得感」ではないでしょうか?
多くの人が、セーフに見える、セーフだろうという映像がありながらアウト判定が覆らない。いわゆる納得が出来ない状態。
リクエスト制度の導入は、公平・公正なジャッジによるゲーム進行云々と色々理由はあるのでしょうが、一言で言ってしまえば皆が納得できるようなゲーム進行の実現を目指してのものだったはずです。
その結果がこれでは、制度の導入が裏目に出てしまっている様な空気さえ感じます。
しかし、そこに至った原因も納得感を求めるあまり無視された要素にあるのかもしれません。
具体的には以下の2つでしょう。
- 足りないものが多い中での見切り発車【安定性の無視】
- 公平性に疑問が多く出たために、検証からジャッジした審判を排除【グレーな余地を排除】
【1】見切り発車されたリクエスト制度
既に多くの方がご承知の事と思いますが、リクエスト制度はMLBの「チャレンジ」という制度を元にしています。
しかし、主に資金の面で不足が多く、中身としてはまるで別物です。劣化版……という言い方はあれですが、よく言っても廉価版といいますか……
「チャレンジ」といった名称をわざわざ「リクエスト」に変更したのもそのあたりが影響しています。
以下は導入当時のデイリーによる記事です。
リプレー検証検討委員会の江幡委員長(ヤクルト)は「日本ではMLB(大リーグ)のようにリプレー検証用にカメラを特別に設置したり、審判とは別のスタッフが別の場所で検証するということはない。カメラ設置にMLBでは30数億円かけているという話もありますが、NPBでは難しい。日本では審判員の負担も増え、チャレンジという審判に対する表現より、審判とチームが協力し合って正しい判定を求めていくという意味を込め、依頼するという表現、いわゆる“リクエスト”という柔らかいものにしました」と説明した。【全文はリンクで(デイリー)】
つまり、資金不足でハッキリ言って別物。だから挑戦的な名前も避けたと……
正直、コレで問題が起こらない方が不思議で、現在の状況は予測できました。しかし、例えそうだったとしても多くのファン・関係者が「納得感」を求めてその導入を望んでいたことも間違いなく、見切り発車やむなしの判断も致し方ない部分はあるでしょう。
つまり「納得感」を優先し、制度としての「安定性」を無視してしまったと言えます。
【2】ジャッジした審判を検証から排除
さて、個人的にはこれが最も大きなミスではないかと考えています。
なんだか、多くの人からボコボコにされそうな話なのですが……それでもこれは愚策でした。
昨年は、リクエストがあった場合、ジャッジした審判を含め審判団でリプレー検証を行っていましたが、今年からはジャッジした審判を除いた審判で検証を行うようになりました。
これは、判定を下した審判がそこに入ってしまえば、主観が入り公平性が保てないのでは?という声が多くあったからでしょう。
「審判の権威」だとか「プライド」だとかそういう物を殊更強調する論調のそれです。
しかし、その結果「確証が得られなかった場合元の判定が優先される」というパターンが増えた様に思います。
これは多分に推測が含まれまるので、証拠を出せと言われると困ってしまうのですが、筋としては極自然な話です。
ジャッジした本人が不在である為に、ジャッジした根拠もわからず、あらゆる可能性を否定できる100%の証拠が得られなければ判定を覆すに至らないと……。
これではナンノコッチャとなってしまうので、もう少し詳しく
以前は推定による余地を残していた?
リクエスト制度の原文、アグリーメントの公開がされていないため、推測の域を出ませんが、昨年の導入時に各紙が伝えたその内容では
「確証のある映像がない場合は審判団の判断とする」
と伝えられていました。一部ではこの文言は推定による余地が残されているのではないか?と疑念を持たれ、実際その様なジャッジがいくつか思い当たる方も多いのではないでしょうか?
「リプレー検証の気になるグレーさ。野球ファン納得の運用法を考える。」(Number Web)
例えば、決定的な証拠が映っていなかった場合でも確認できた位置関係などからこれならアウトだろう、セーフだろうという推定による検証です。
ご紹介したNumberの記事では、そのグレーな部分にNOを突きつけていますが、機材不足を考えれば極めて自然な話でもあると個人的には感じました。
そもそもカメラが足りないのですから、確定的な映像が都合よく取れてる可能性はそれ程高くはないでしょう。であれば、ある程度推定の余地を残さなければ、まともな運用が出来ないということも当然考えられます。
昨年から表向きは、確証がない場合ファーストジャッジが優先と捉えられていましたが、解説者やスポーツ紙がハッキリと断言することは多くありませんでした(一部、そう断言していた方もいらっしゃいましたが)。
それが、今年に入ってから断言する論調が増えています。例えば今回のケースを伝えたThePAGEの記事では
リクエストのアグリーメントでは、正確なリプレー映像がない場合を想定して、「確認できる映像がない場合は、ファーストジャッジを優先する」ことになっている。【全文はリンクで】
と記述していますし、多くの解説者がハッキリと断言し、何より「変更に値する確証を得られなかった」と責任審判が口にしたのを初めて聞きました。
この変化の裏には、ジャッジした審判を検証から外した事が関係しているように思います。
不十分な映像で第三者に何を求める気であるのか?
少々話が逸れますが、今回の判定を扱ったヤフー記事に、あるベースボールライターがオーサーコメントとして少なくとも当該審判団以外のビデオ判定を求めていました。
失礼ながら不十分な映像を第三者に渡して、判定の見直しを依頼するなど正気の沙汰ではないと個人的には感じます。
どの程度の確信があってジャッジしたかが解っている当人であるのならばまだしも、100%の確証も無く、第三者が判定を覆せるその根拠は一体どこにあるのでしょうか?
もしかしたらジャッジした審判にはベースタッチの瞬間が見えていたのかもしれません。その他、なにか確信を持って判定したのかもしれないのです。
瞬間の判断ですから、それ程細かく見えていた事は考えにくいのも確かですが、驚くほど細かい部分を見てジャッジしていたケースがリプレー検証によって明らかになっているのも、また確かなのです。
それを完全に否定できない状態で、第三者による変更の決断は非常に難しいと言わざるを得ません。
仮に、今回のケースは多くの人、大体9割程度はセーフだと思っているとしましょう。確かにそれだけ多くの人がそう思える映像であれば、ジャッジを変更しても問題は無いような気もします。
ですが、それが8割だったら?7割だったら?
その微妙な線引を第三者にやらせようという事なのでしょうか?もし、仮に自分がその第三者になったと考えてみて下さい。
ただでさえ不平不満というガソリンに着火間近のファンが控えている状況です……。不十分な映像に基づく判断を求められ、その判断が火の粉を撒き散らす結果に繋がるかもしれないなんて……考えただけでもゾッとしませんか?
MLBで第三者によるリプレー検証が成り立つのは、30数億かけた球場設備とリプレーセンターがあるからです。NPBのような中継映像と再生機器に頼る状況で、第三者機関を作ったとしても、なんの役にも立たないでしょう。
確定的な証拠が無ければ、第三者であればこそファーストジャッジを優先するしか無いのです。(※今季も見なしアウトで覆るようなパターンがいくつかありましたが、昨年よりは減少しているように感じます)
さて、逸れた話が長くなりましたが、そう考えるとジャッジした審判を除いた審判団であっても広義には第三者だと言えます。
昨年までは、ここに当該審判が入っていたからこそ、ジャッジした根拠もわかり、その根拠によっては推定による余地が入り込む可能性がありました(と考えられる)。
今回のケースで言えば、手のひらの上下を見て判定を下したのか、そうでなくタイミングで下したのか、その根拠によっては映像による状況判断を優先するのもやぶさかでは無いわけです。
手のひらが見えていたのであれば、映像が不十分として覆すには至らないでしょうし、タイミングだけであったのであれば検討の余地は大いに残ります。
不十分な映像に当該審判を抜くという行為は、その余地をグッと狭めただけに過ぎず、もっと言えば見切り発車によって起こりうる映像の不備を出来る限り埋めながら運用する為に必要だった手段を自ら手放してしまったと言ってもいいでしょう。
審判のプライドを守るため、権威を守るため、そんな風に揶揄する声も聞こえますが……これだけ何度も何度も燃えているのです。そんなものとっくの昔に地に落ちています。人によっては燃えカスすら残っていないでしょう。
出来ることなら判断を変えてしまいたい、そんな気持ちの方が強いのではと思うことすらある程です。
まとめ
それでは今回のまとめです。
今回のケースに限らず、リクエスト関連の問題はシステムの欠陥が根本にあります。勿論、審判が怪しい判定をしなければ良いなんてそもそも論もありますが……それは非常に厳しいのが現実です。
しかし、幸か不幸か……だからといって納得してくれと言える時代でも無くなってしまいました。
資金不足であろうと、そのせいで見切り発車になろうと、その流れを止める手立ては無かったように思います。
その後、審判自身が判断をするという部分に疑念を持たれ、見切り発車による機材の不足をカバーする余地を切るというのも多くの求める「納得感」には必要な事だったのでしょう。
しかし、切るだけ切って、その余地に変わる手立ても無く……映像不足でありながら100%の確証を求められるという無茶苦茶な制度となったのは残念です。
納得感を求めるあまり身動きが取れなくなったとでもいいましょうか……
ともかく、この先どんな手段を講じるにしろ資金がいります。金をかけずに工夫でなんとか出来る状況は既に通り過ぎています。
その資金はどこから出るか……と言えば、NPBです。
しかし、NPBはMLBと組織のパワーバランスが大分異なり、そのパワーは非常に小さく、NPB主導で資金をどうにかするというのは現実的ではありません。
つまり金の話になった時点で、NPBに対してどれだけ不平不満をぶつけようが改善しようが無いのです。
資金以前に、リプレー検証の導入にしても、12球団の実行委員会で決まっていますし、となればそもそもシステムの欠陥の責任は、それぞれの球団にもあるとも言えるわけで……
それでありながら問題が起きる度に両者の溝が深くなっているような……コレって非常に不可解な構図だと感じるのは私だけでしょうか?
これがやりたい、あれがやりたいと決定だけして、それじゃ後の細かい運用はしっかりお願いね!と、丸投げしてしまった12球団。
なぜだか変な所でだんまりを決め込んだり、突っぱねたりとなおざりな対応に終止してしまう事も多いNPB(審判団含む)。
そもそもこの対立構図自体わけがわからないのですよ。MLBの様に球団の上にMLB機構が位置する組織ではなく、どちらかといえば12球団の下にNPBがあるような……最近そこを改善しつつあってギリギリ、フラット型やドーナツ型に近づきつつある組織の中で、そんな対立軸を作っても問題が解決するとは思えません。
導入の際に話された「審判とチームが協力して正しい判定を~」という理念に今一度立ち返り、12球団含めた全ての各関係機関で今後のあり方を議論していくのが最善ではないでしょうか。
また、我々ファンとしても、試合の勝敗を左右するようなジャッジに熱くなってしまうのは当然ですが、一度制度そのもの、その成り立ちから抱える問題点までを冷静に受け止め、一人一人が理解を示す事も大切なのではないかと感じています。
追記:06/08
いくつか進展があったので、追記を
セ・リーグ統括が電話で説明
「3人の審判で映像を見た結果、1人は『セーフではないか』の見解だったが、残り2人は『確認できない』とのことでルール上、確認できない時は最初に出した判定を重んじる」と話したという。【全文はスポニチで】
この説明を見ると、考えていた以上にあやふやですね。
「セーフではないか」の見解が一人いる時点で100%確信の持てる瞬間という程、厳密では無く……かといって二人わからないと結論づけている事からハードルはそれなりに高く……まぁ審判のさじ加減一つとも言えます。
個人的にはこのレベルで運用するのであれば、元々の判定の根拠、どれだけ確信があってのジャッジだったか等は非常に重要なポイントになると思います。
また、やはり今シーズン元の判定を採用するケースが多いのは、当該審判を抜いたことに依る影響だと考えるのが自然であるようにも感じました。
セ監督と審判が今オフにも意見交換会開催の可能性
与田監督も電話で説明され「リクエスト、判定について各監督と審判との意見交換の場を持てないか」と要請。リーグ側も前向きといい、今オフにも意見交換会が開かれる可能性が高まった。【全文は日刊スポーツで】
さて、今回の騒動の落とし所?として中日側から意見交換会の提案もあったようです。
いいですね。こういうのはどんどんやるべきです。
どうせなら12球団でやったらいいと思いますが、まぁその辺は現時点でどうのと言えるような組織構造になってないのでしょう。ぜひ、12球団で調整してほしいと思います。
参考記事
リクエスト制度の欠陥について以前やきゅろぐで書いたものが以下になります。興味があればぜひ!

コメント
アウト・セーフで言えば解らないですね。
走者の指は浮いている。捕手がタッチしたとしたと思われるユニホームの揺れと走者の指が下に付いた時間は、わずかにユニホームの揺れの方が早い。
砂煙で見えないが指が付く前に手首付近が付いている可能性もある。
審判団でも一人はセーフだということではなく・・・に見えるである。
したがってアウトの判定は正解。
すぐできることは、リクエストは延長を除き一回だけにすること。
コメントありがとうございます。判定を0からやり直すのであれば、セーフでもありなんでしょうが検証ってことになると「見える」くらいでひっくり返すのは厳しいように感じますね。
回数を減らすことによるメリットは……それほど思いつかないのですがどうしてでしょう?