前回、パナソニック吉田峻平投手のDバックス契約問題について取り上げた。
その根本には日米間に明確なルールが無いという制度の不備がある。(詳しくは下記リンクを参照して欲しい)
【パナソニック・吉川 Dバックスとの契約で連盟規定に抵触?】
日本球界は、紳士協定と呼ばれるあやふやな約束に頼り、田澤ルールのようなその場しのぎの対策をいつまで続ける気なのだろうか?
今回は、日米間での選手獲得に絡む歴史と今後の展望について考察する。興味のある方は、続きをどうぞ
NPB選手によるMLB移籍の歴史
日本人選手によるメジャーリーガー第一号は、1964年の村上雅則だが、現実的な道を切り開いたのは、1994年の野茂英雄だろう。
下記にその主な足取りをザッとまとめた。
- 1995年 野茂英雄 任意引退扱いで移籍
- 1997年 長谷川滋利 伊良部秀輝 トレードによる移籍
- 1998年 吉井理人 FA行使による移籍
- 1998年 日米間選手契約に関する協定が結ばれる
(任意引退 トレードによる移籍が制限 ポスティングシステム導入) - 2001年 イチロー ポスティングシステムによる移籍
- 2009年 田澤純一 日本のドラフトを拒否し渡米
(田澤ルール導入) - 2012年 MLB側がポスティングシステムの大幅な修正を求め一時失効
- 2013年 新ポスティングシステムが結ばれる 田中将大が移籍
- 2013年 沼田拓海 社会人から直接契約 JABAの規約に抵触
- 2015年 MLBでアマチュア選手獲得についての制度が見直し
(1995年9月以降に生まれた海外アマ選手の獲得には5月までの事前登録が必要) - 2018年 吉川峻平 沼田と同ケース 紳士協定の限界
野茂の任意引退、伊良部のトレード、この2つが最初のターニングポイントだ。
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NPBとしては、任意引退扱いでのMLB移籍がスタンダードとなれば、大きすぎる抜け道となってしまう。また、MLB側としても伊良部のトレード騒動で公平な獲得制度を望む声が上がった。
そこで1998年に日米間選手契約に関する協定が結ばれる。
ポスティングシステムを導入し、その引き換えに任意引退選手やトレードでの扱いを制限したわけだ。
が、今度はNPB所属前の選手獲得で問題が起こる。
2009年のドラ1候補・田澤純一を巡る騒動だ。この時、話題になったのが、今回のテーマでもある日米間の「紳士協定」である。
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この「紳士協定」に関しては後ほど詳しく書くとして、この騒動を切っ掛けにドラフトを拒否して米国へ渡った選手にはNPB復帰に制限をかけるという「田澤ルール」が作られた。
MLB側と有効なルールを作れず、国内完結の制限を設けた時点で「紳士協定」の限界を暗に認めているといってもいい。
更に、2012年には入札金額の高騰を理由にポスティングシステムへMLBから待ったがかかる。
確かに、2006年の松坂大輔、2011年のダルビッシュ有のケースでは、ポスティングフィーが5000万$を超え、MLB側から泣きが入るのも無理はない。
すったもんだあった末、入札金の上限を2000万$に決めた新制度が作られる。が、年々このポスティングフィーへの風当たりが強くなり、2018年からは、また新協定が適用される。
詳細は割愛するが、年俸総額の15-20%が譲渡金となるシステムであり、ほぼFAと言っても良いような制度である。
ポスティングはあくまで球団にイニシアチブがあり、選手の権利はFAである。見返りの期待できないシステムが、どこまで機能するのか……正直、ポスティングシステムも限界に来ていると言える。
さて、話はまたアマ選手に戻る。
田澤純一の騒動でさかんに叫ばれた「紳士協定」は2013年の沼田拓海による騒動で、またも破られることとなる。
この際、沼田と所属チームに対しては厳しい処分が下されたが、MLBに対しては、アマ連盟(JABA)からNPBに「大リーグにうちのルールを守ってくれと伝えてね」なんて抗議で終わっている。なんとも遠回りな、ほとんど意味の無い行動である。
しかし、それ以外打つ手が無いのも現実だ。歴史的にアマ球会の力が強い日本では、選手獲得におけるルール決定の大部分にアマ球界の意思が反映される。そしてそれが独立リーグや海外移籍にも適用されるという特殊な環境である。
また、一言にアマ球界と言っても、今回名前の挙がったJABAの他に学生野球を統括する日本学生野球協会というものもある。その傘下には皆さんご存知「高野連」や「大学野球連盟」がぶら下がる。
そしてそれぞれが、それなりの発言力を持っていてNPBとの間に様々な取り決めがある。つまり、NPBとアマ球界は複雑なルールで雁字搦めに縛られているわけだ。
しかし、アマ球界とMLBの間に直接の取り決めはない。そらそうだ。それぞれが、MLBとルールを結ぶなんて面倒……いや、複雑過ぎて現実的じゃない。国内でなんとかなっても、国外と取り決めを行うにはどうしても代表の窓口が必要である。
その窓口がNPB、だがNPBがトップダウンですべてを決めれるわけではない。そのために今回のような騒動が起こり、その対応もNPBを経由して行うしかないのだ。
幸いにも2015年にMLBで導入された新ルールの影響により、今後アマ選手で同様のケースが起こることは考えにくいが、順を追って経緯を辿れば、当然の結末と言えるだろう。
<2015年にMLBで導入された新ルール>
【外国人選手獲得における事前登録制度】
2015年にMLBでは海外アマチュア選手獲得に際してのルールが見直された。
1995年9月1日以降に生まれた海外のアマチュア選手を獲得する場合、メジャーリーグ機構(MLB)コミッショナー事務局に対し、5月までに選手の個人情報を事前登録しなければならないというもの。
事前登録には選手の出生証明書などが必要となり、獲得=5月までの接触が絶対となる。日本のルールでは5月の時点でプロ球団がアマ選手に接触することは出来ない。
日本のルールによってMLB側にペナルティが与えられる事は考えにくいが、選手や所属球団は間違いなく処分されてしまう。
沼田や吉川のようなグレーゾーンを攻めすぎた故のミスであれば、可能性はあっても、確実にアウトとなるようなケースではMLBも動けないし、何より選手側が首を縦にふることが出来ない。
つまり、事実上アマ選手の直接獲得が不可能となった。
(吉川峻平は1995年1月生まれであるからルール適用外)
MLBはMLBのルールで動いている。現状、日本人のアマ選手が青田買いされる確立はグッと下がったが、これはなにも日本が働きかけた結果ではない。
背景にあるのは中南米選手の年齢詐称の増加であって、偶然だ。
ということは、なにかの拍子にまた同じような問題が起こる状況に戻る可能性はいくらでもある。
そもそも、MLBに行くことが問題だったわけではなく、そこになんの決まりもなかったことが問題なのだ。偶然の結果にあぐらをかき、またも現状維持するようであれば、日本野球界の未来は暗い。
紳士協定とは一体全体なんなのか
さて、紳士協定とは一体なんなのだろうか?
簡単に言えば「お互いのドラフトを尊重しよう」という暗黙の了解である。明確な規定無く、ただ大前提としてお互い信頼関係で成り立っているとこあるよね?だからこっちのルール守ってねみたいな話だ。
(プロ所属の選手には日米間選手契約に関する協定で破れば罰則がある)
しかし、MLB側は、この紳士協定という単語をまず口にしない。
田澤のケースでは、日本のドラフトは当然尊重しているが、選手側が来たいというのだからこちらは対応するしか無いだろう?職業選択の自由だよ。と
確かにそうだと言えなくもないが、問題は秘密裏に接触し唆されたとしても完全にそれを看破することも防ぐことも出来ないという部分にある。
日本でもしばしば問題になる部分ではあるのだが、最終的にはドラフトがあるためそれほどの利は無い。しかし、行き先がMLBであれば……
話が出来ていた場合、ドラフトさえ蹴ってしまえば希望の球団に入ることが可能で、社会人選手であれば、退部してドラフト前に契約してしまうことだって可能なのだ。
極端な話、日本球団に一切のチャンス無く、やりたい放題されてしまう可能性だってある。
でも2015年からの新ルールでMLBだって動けないんでしょ?
と思ったそこの君。甘いよ甘すぎる。
問題は紳士協定がいかに不安定で意味のないものかということなのだ。
動けない理由は紳士協定ではなく、MLBのルールである。つまり、MLBがルールを変更すればまた同じ事が起こる可能性はいくらだってある。
それに逆のパターンだってある。まともに獲得できる手段も無いし、もう日本からは撤退しようと……それはそれで困るだろう。
また、MLBは日本も含めたアマ選手を対象とする国際ドラフトの導入を以前から検討している。これが実現すれば、恐らくルールも再度見直しがあるだろう。油断していたら以前よりひどい状況になったなんてことも十分にありえる。
むしろMLBが動けない今だからこそ、正規のルートでしっかりと移籍できる筋道を提示して明確な取り決めをしなければならないと言えるだろう。
紳士協定依存からの脱却に必要なこと
端的に言えばMLB側にメリットを提示する、もしくはデメリットを強化する。この2つだろう。
そしてその上で、紳士協定に頼らない明確なルールを作るのがゴールだ。まぁどちらにしてもやることはあまり変わらない。
以下にMLB側に提示できそうなメリット・デメリット、そしてその他の課題についてまとめていく。
1.提示できるメリット
・海外FA制度の見直し
最大の問題はコレだ。海外FA取得まで9年と長すぎるために、MLB側は正規のルートにメリットを見出すことができていない。高卒の選手であっても最短で挑戦できて27-8歳である。旬の時期ではあるが、実働年数としては物足りない。これが大卒・社会人となれば尚更である。
NPBとしても、金銭や人的補償が定められていない現在の海外FA制度には一つのメリットも存在しない。勿論、選手の権利なのだから球団にメリットが有る必要は無いと言えばその通りだが、リソースが少ない事、球団間の選手移動に積極的でない国内事情など様々な背景が絡むため、ここの整備は必須であろう。
特に現状では限界間近のポスティングシステムと、このFAしか道が無いわけだから、下手をすれば日本市場そのものにMLBが興味を無くすという可能性もある。選手が流出し、空洞化することも問題ではあるが、反対に興味をなくされても困るのだ。上手くバランスを取るためにもまずは現実的な制度を整備することが必要である。
・外国籍枠の拡大・撤廃
賛否両論あるだろうが、選手の受け皿やトレードの可能性などを考慮すればMLB側としてはメリットとなり得る。
NPB側としても、選手の流出だけではなく取り込みを考えなければいけない。偶に外国人だらけになるから反対!という意見を見かけるが、球団経営に大切な人気の維持という面から考えればその可能性は低い。また、国内球団を増やそうという動きにも合致するはずだ。
問題は選手会の反発であるが「自由に海外に行かせろ」「日本人の活躍の場が圧迫される外国人枠は反対」と、中々に一方的な主張をしているので、現実的な交渉をすれば可能性はある。
2.圧力となり得るデメリット
・韓国(KBO)や台湾(CPBL)との関係強化による発言力強化
デメリットはあまり浮かばない……。スカウト活動の制限や日本で行う興行の制限なんかは、極論日本球界の許可などなくてもできるのだからデメリットにはなり得ない。
やりにくくはなるが、やれなくはないのだ。実際、国交すらないキューバから選手を引っ張って来ることすら可能なのが、MLBである。
しかし、小さな障害でも積もりに積もれば看過できないデメリットとなる。韓国や台湾といった同じような問題を抱える、もしくはこの先抱えそうな国との関係を強化し、足並みをそろえることでMLBの脅威となるはずだ。
MLBは以前より国際ドラフトの導入を検討している。よく考えてみて欲しい、他国の選手を対象に行うドラフトのルールを対象国を蚊帳の外に置いたまま検討しているのだ。
枠組みが決まった後に各国と調整の場はあるだろうが、それでは遅い。近隣の国と関係を強化し、発言力を強化しなければいけないのは間違いないだろう。
3.その他
・NPBとアマ球界の意思統一
その他といいながら、交渉する以前の問題、大前提のような物がコレだ。
日本プロ野球(NPB)とアマ野球(JABAをはじめとした各連盟)には、まぁあれやこれや色々とあったわけだが、いい加減もう少し意思統一できないか?ということである。
現在、アマ球界の海外移籍に対してのスタンスは、進路が日本だろうが米だろうが選手の好きにしたら良い立場をとっている。それはそれで構わないと私も思うわけだが、それでいてルールの順守を「紳士協定」に頼ってしまうのはいただけない。
アマ側の意思が強く反映される選手獲得の取り決めを、NPBに丸投げし紳士協定を盾にMLBに守らせろってのは、土台無理な注文である。
もう少しその辺りの連携をしっかりとることが、第一歩となるだろう。
まとめ
今回は紳士協定が如何に意味のないものか語ったつもりだが、脇道にそれることも多く読みにくかったかもしれない。日本のプロアマの関係やNPB・MLBの制度など複雑すぎるのだ。
ここまで複雑化してしまったからこそ、明確なルールが必要とも言える。
個人的にはMLBで25歳ルールも出来てしまったことだし、最短で25で海を渡るような正規ルートが用意できればいいんじゃないだろうかと思っている。メジャーの平均デビューは24.5歳らしいから、遅すぎるということもないだろう。
また、25歳ルールや2015年のルール変更からも分かるように、MLBの外国人選手獲得の主役は中南米だ。
そんな中で明確な取り決めも作らず、やれ流出が、紳士協定がなんて騒ぎ、田澤ルールのような締め付けによる維持を考える。挙句の果てには、ゴタゴタとお家騒動のようなトラブルを国内で起こすなど愚の骨頂であろう。日本球界としては米球界に荒らされすぎても困るが、そっぽを向かれても困るのだ。正規のルートをしっかりと用意し、その上で、日本野球界が空洞化しないような対策を立てることが大切なのではないだろうか。
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