9月8日に行われた対西武戦
遂にアジャこと「井上晴哉」が20本目のホームランを放った。
チームとしては16年のデスパイネ(24本)、日本人選手では13年の井口資仁(23本)以来の20本超えだ。
生え抜きの日本人選手に限れば09年のサブロー(21本)以来となる。
8年ぶりの生え抜き20本超えと言えば、これがロッテファンにとってどれだけ大きな出来事か、おわかりいただけるだろうか?
そこで今回は、ロッテ待望のスラッガー「井上晴哉」について取り上げる。
井上晴哉のプロフィール
井上晴哉 (愛称:アジャ) #44 | |||
年齢 | 1989/07/03(29歳) | 守備 | 一塁 |
身長/体重 | 180cm/114kg | 投打 | 右/右 |
ドラフト | 2013年 5位 | プロ年数 | 5年 |
経歴 | 崇徳高-中大-日本生命- ロッテ |
恵まれた体格を活かしたパワフルな打撃と広角に打ち分ける技術を兼ね備えた和製大砲。プロ1年目だった2014年・開幕戦で4番を任されるなど、期待され続けてきたが、昨年までは春先早々に沈みファームへ送り返される日々が続いた。今年ようやく4番に定着し、9/8に20本塁打を達成。
井上晴哉 ここまでの成績
一軍成績
年度 | 打率 | 打席/打数 | 安打 | 本塁打 | 三振 | 四球/死球 | 長打率 | OPS |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2014 | .211 | 104/95 | 20 | 2 | 23 | 6/2 | .316 | .585 |
2015 | .182 | 12/11 | 2 | 0 | 1 | 1/0 | .182 | .432 |
2016 | .232 | 107/99 | 23 | 2 | 19 | 5/3 | .343 | .633 |
2017 | .230 | 119/113 | 26 | 0 | 26 | 5/1 | .292 | .561 |
2018 | .293 | 445/386 | 113 | 20 | 86 | 50/3 | .510 | .883 |
※ 2018 9/8までの成績
14-17年の4年間は、正直パッとしない。
4年間での通算成績は342打席318打数71安打4本塁打、打率.223、三振率(K%)が20.1%で四球率(BB%)はわずか5%である。これではどうにもならない。
しかし、今年は完全覚醒。
注目すべきは本塁打数の伸びと打率の上昇、また三振率こそ19.3%とほぼ横ばいであるものの、四球率が11.2%と大幅に改善している。これらによりOPSも大きく上昇した。
ファーム成績
年度 | 打率 | 打席/打数 | 安打 | 本塁打 | 三振 | 四球/死球 | 長打率 | OPS |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2014 | .377 | 232/212 | 80 | 14 | 29 | 18/1 | .627 | 1.054 |
2015 | .323 | 199/167 | 54 | 7 | 32 | 29/1 | .503 | .925 |
2016 | .342 | 274/240 | 82 | 15 | 47 | 23/8 | .617 | 1.029 |
2017 | .292 | 142/120 | 35 | 7 | 17 | 19/2 | .517 | .911 |
通算 | .344 | 857/749 | 258 | 44 | 126 | 89/12 | .585 | 1.004 |
※ 2018は出場3試合の為、省略。通算のズレはそのため。
井上晴哉が期待され続けた一つの要因として、ファームでの圧倒的な成績がある。一軍と二軍を行ったり来たりであったために、規定打数を満たすシーズンは無かったが、通算成績に注目して欲しい。
通算857打席749打数 打率.344 OPS 1.004
よく、2軍で長期間に渡り活躍しながら1軍に定着できない選手を「二軍の帝王」なんて呼ぶが、ざっと見た限りここまでの数字を残している選手は見あたらない。
近い選手としては、日本ハムの4番・中田翔が通算618打席、OPS.971、他は、例えばハムの大田泰示や阪神の陽川尚将など、どれだけ活躍した選手でも通算OPSは8割台である。
井上晴哉は「二軍の帝王」の中でも頭一つ飛び抜けていたのだ。
井上晴哉 覚醒の理由は!?
ファームで圧倒的な能力を示し、一軍でも数字を残せる下地があったことは間違無い。
しかし、それが今年急に覚醒したのはなぜだろうか?
逆に言えば、これだけ圧倒的でなんで上では4年間もダメだったのか……とも言えるが、とにかく各種データを細かく見ながら、覚醒の理由を探っていきたいと思う。
打球方向別に見る成長の軌跡
年度 | 左(レフト) | 中(センター) | 右(ライト) |
2014-15 | .119 (0本) (42-5) | .184 (1本) (38-7) | .385 (1本) (26-10) |
2016 | .342 (2本) (38-13) | .140 (0本) (43-6) | .267 (0本) (15-4) |
2017 | .250 (0本) (48-12) | .200 (0本) (45-9) | .313(0本) (16-5) |
2018 (~9/9) | .280 (10本) (161-45) | .290 (7本) (145-42) | .325 (3本) (80-26) |
※ 参考 データで楽しむプロ野球様
(15年がわずか3試合の出場の為、14年とまとめて算出)
この表は、1軍での打球方向とその打率を年度別にまとめたものだ。
打率・本塁打数とその下の括弧が打数-安打数となっている。
井上晴哉は右打者であるから左(レフト)が引っ張り方向の打球で、右(ライト)が逆方向への打球となる。
14-15年
プロ初年度(+2年目少し)は、ヒットになったそのほとんどが逆方向への打球である。打球割合自体はレフト方向が最も高いが、42回の内、わずか5回しかヒットになっていない。
これが並の選手であれば、リストの使い方だとか、押し込みが足りないだとか色々と挙げられるのだろうが、この時点でファームではあの成績である。
となれば、単純に一軍クラスの球に対応するためのコンパクトなスイングになった。と考えるべきだろう。
そしてそのスイングでは右におっつけるのが精一杯というのが、結果として現れたと……
一種の一軍の壁と呼ばれるものにぶち当たっていたと考えられる。
16-17年
逆方向の割合が減り、引張方向への安打がでるようになっている。
三年目にして自らのセールスポイントについて理解し始めたのだろうか?
16年7月25日にベースボールチャンネルに以下のような記事が掲載されている。
記事では、大村巌二軍コーチによる助言で、自分の持ち味を思い出したというような内容が書かれていた。興味のある方はリンクから元の記事を読んでみてもらいたい。
しかし、この時点では長打が少ない、三振が多い、かつ四球が選べないと安定した成績が残っていない。
1.02ESSENCE of BASEBALL様が示す指標によれば、wFA(ストレートに対する特典貢献)の値が15-16年共にマイナスを示していた。様々な変化球が発達した現代野球ではあるが、投手の投じる球種の半数はストレートであり、投球の基本となる球種だ。そのため、wFAは特に二軍で好成績を残した選手が上でやっていけるかどうかを予測するのに適した数字と言える。
つまり、意識は変わったが、フルスイングでは一軍投手の球に対応しきれなかったと読み取ることができる。
余談ではあるが、ドラゴンズの京田陽太が今年、この数字に苦しんでいる。昨年もマイナスを記録していたのだが、今年はさらに落ち込んだ。春のキャンプで飛距離を伸ばし、躍進が期待されたのだが、スイングを強くしたことによりストレートへの対応が一段と難しくなっているのかもしれない。
2018年(現在)
引張方向の割合と安打をキープしつつ、逆方向への割合を増やした。wFAの値も大きくプラスとなる。
ストレートに対応し始め、さらに得意な逆方向へ打つ技術を状況に合わせて上手く織り交ぜることで、トータルの打撃成績を大きく伸ばすことに成功したと言えるだろう。
こうして一つずつ段階を踏んで完成したのが、現在の井上晴哉である。
コース別打率に見る成長の軌跡
14-15年
※ 参考 データで楽しむプロ野球様
※コース外 38打席26打数 2安打 7四球 2死球
16-17年
※ 参考 データで楽しむプロ野球様
※コース外 62打席48打数 7安打 10四球 4死球
18年
※ 参考 データで楽しむプロ野球様
※コース外 143打席90打数 14安打 50四球 3死球
上の図は、それぞれ14-15年、16-17年、18年のコース別打率と打数-安打、本塁打数だ。投手視点の図であるから右打者の場合、右側がインコース、左側がアウトコースとなる。
図下の※は、ボールゾーンでの集計になる。
打数、つまりボールゾーンとストライクゾーンで決着がつく割合(おおよそ7.5:2.5)に変化は見られなかったが、四球の増加によって打席数は大きく変化した。詳細は次のデータと共に説明するため一旦保留。
注目すべきはインコースの打率向上だろう。
14-15年のインハイ打率も3割となってはいるが、サンプル数が少ないことと打球方向での考察をあわせて考えると無視していい数字ではないかと感じる。要するに偶然、たまたまだ。
本塁打数を見ればわかりやすいかもしれない。
インをホームランにしたのは20本中、わずか3本である。打率が上がっても得意でないことは、確かだろう。苦手なものは苦手だが、それなりに捌けるようになったと読むべきだ。
前項でも触れたが、特にストレートの対応に苦慮していたのは、体に近いコースで差し込まれ上手くさばくことができなかったからではないだろうか。端的に言えば大きく振ると速いボールについていけなかった。
この改善に打撃メカニクスの変化、技術的な向上があったかどうかは素人目には判断できないが、ともかく結果からはなんらかの成長があり、一軍投手の球についていけるようになったと読み取れる。
インを捌きつつ、甘い球を待つ。外は持ち前の逆方向に運ぶ技術でおっつける。
そんなスタイルが完成したのではないだろうか。
鍵はスイング率の減少か!?
年度別スイング率
年度 | ボール(%) | ストライク(%) | 全体(%) |
2014 | 31.46 | 74.48 | 51.9 |
2015 | 31.82 | 78.26 | 55.6 |
2016 | 35.29 | 72.11 | 53.8 |
2017 | 37.25 | 73.58 | 55.8 |
2018(~9/9) | 23.45 | 62.98 | 42.3 |
※ 参考 データで楽しむプロ野球様
意識の変化を裏付けるデータとして外せないであろうものがこれだ。
表は井上晴哉のボールゾーン、ストライクゾーン、全体でのスイング率である。
表を見て分かるように、今年は全体的にスイング率が低下している。
Number Webに永田遼太郎氏が書いた井上晴哉のコラムでは、こんな事が書かれている。
好調の要因について、井上にも話を聞くと彼はこう返した。
「低めはバッティングを崩しやすいということが自分でも分かったので、今年は極力手を出さないようにして、高めというか自分のバットが一番スムーズに出るところを捉えに行くというイメージで今はやっています」
金森理論が浸透してきた証だ。
詳しくは元の記事を読んでみてもらうとして、要は自らのストライクゾーンを絞り、フルスイングするという実にシンプルな打撃の原点に立ち戻ったと言える。
その結果、打撃成績が上がり、難しい球を見逃すことで四球も増えた。
ここで注意したいのは、よく言われる「選球眼」とは少々異なるということだ。前項のコース別打率についての考察で保留にした※コース外での集計を少し思い出して欲しい。
四球を除いた打数内において、ストライクゾーンとボールゾーンそれぞれで決着する割合はおおよそ2.5 : 7.5で5年間ほぼ横ばいだった。
これはボール・ストライクどちらでも大幅に下がったスイング率から見ても妥当である。
片方が大きく変化していれば、打数内での割合にも変化があったはずだ。
では何が変わったかと言えば、相手投手の投じるストライク・ボールの割合が大きく変化したのである。
詳しくは下の表をみてもらいたい。
ボール・ストライク投球割合
年度 | ボール数 | ストライク数 |
14-17 | 626 | 617 |
18 | 981 | 894 |
2014-17年の相手投手が投じるボール・ストライク割合は、ほぼ1:1であった。
それが今年は1 : 0.9となっている。
つまり、選球眼が上がったというよりは、ゾーンを絞り強く振るようになったことで勝手に相手が球数を増やしてくれるという副次的な効果で四球が増えたと考えたほうがいい。
表現が難しく、上手く言葉が出てこないのだが、ストライクボールの枠をキッチリ見極めて打つという守りの姿勢ではなく、ルール内の枠よりも自分の感覚の中にある枠でダメならダメで仕方ないという攻めの姿勢、一種の開き直りとでも言うのだろうか……
井上晴哉に限らず広島の鈴木誠也や丸、SBの柳田など、最近の強打者と呼ばれる選手には、このタイプが増えてきたように感じる。
まとめ
井上晴哉覚醒のポイントは以下の4つ
- ゾーンを絞り、フルスイングで捉えられる球のみを狙うようになった
- ストレートに対応し、インを捌けるようになった
- 元々持っていた逆方向への技術も状況に応じて使い分けられるようになった
- それらにより強打者と認識されることにより四球確率が上昇した
結論としては途中で紹介した永田氏のコラムにもあったように、金森コーチの打撃理論が浸透した結果と言えるだろう(途中の大村巌コーチの存在も大きい)。
実際、同じ千葉ロッテで今年好調な中村奨吾も全体のスイング率が、去年に比べ大きく低下している。
私はこの結論に、一種のトレンドのようなものが見える気がする。
日本人投手の球速や変化球の質が上昇し、レベルが右肩上がりになっていくうちに、いつしか打撃理論の中心はコンパクトに鋭く対応するというものになった。
それが数年前から、フルスイングで強く弾き返すシンプルなものになってきている。
背景には、150キロを超えるボールが当たり前になったことで対応が苦にならなくなったことや、各チームの情報収集能力が上がりゾーンを絞りやすくなったことなどが考えられる。打撃メカニクスの向上や素人目には判断のつかない細かな要因があったのもあるだろう。
が、それ以上に結局シンプルに帰結するというか……あぁ野球ってそういうもんだったよねと……
そう考えると、今年特に苦しんでいる各球団の中継ぎ陣の成績も頷けるものがある。中継ぎ、特にセットアッパーや抑えを務める投手は、制球力よりも球威で勝負するタイプが多い。
これまでは短いイニング限定で出力を上げ、力押しで乗り切ることを良しとしていたわけだが、井上のような打者とはとことん相性が悪いのもこのタイプである。
ある程度割り切っていくつかのコースを捨てられては、純粋な力対力の勝負となるか、振ってもらえず四球で苦しくなっていく。捨てているコースに投げればいいじゃない?と思うかもしれないが、そこまで緻密なコントロールは無いわけだ。どちらにしても分が悪い。
その反面、これまで敬遠されがちだったタイプの助っ人投手、ロッテのボルシンガーや中日・ガルシア、離脱してしまったがディロン・ジーなどが活躍しているのは、そのトレンドがいい方向に働いているとも考えられる。まぁここを掘っていくとまた長くなるので別の機会にしよう。
ともかく、井上晴哉はようやくその能力を表舞台で発揮した。
19号本塁打から20号が出るまでに約一ヶ月と、途中疲れが見えたのは今後の課題ではあるが……
それでも20本塁打だ!千葉ロッテ待望の大砲となったと言っていいだろう。
今季もあと僅か、ラストスパートをかけて来季への自信としてもらいたい。
そして本拠地ZOZOマリンにホームランテラスが増設される来季には、1986年の落合博満以来となるロッテ日本人選手30本塁打を期待したい。
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